新潟地方裁判所 昭和45年(ワ)251号 判決 1970年7月27日
原告 佐藤信行
被告 大正海上火災保険株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、請求の趣旨
1 被告は原告に対し金一二万八、一九六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二、請求の趣旨に対する答弁
主文一、二項同旨
の判決
第二、当事者の主張
一、請求の原因
(一) 訴外佐藤五郎は被告との間に同人が所有し自己のために運行の用に供する原動機付自転車(以下本件自転車と略称)につき保険期間昭和四二年九月二九日から昭和四三年九月二九日まで自動車損害賠償責任(以下自賠責と略称)保険(保険証明番号B一〇七七五号)の契約を締結した。
(二) 訴外石田喜一は昭和四三年九月二二日午後三時頃原告の父である右佐藤五郎から本件自転車を借受けこれに原告を同乗させて長野県上水内郡信濃町大字野尻字赤川地籍国道一八号線を運転して進行中、右道路が急な下り坂の上、急カーブで曲り切れず道路の左側に寄りすぎたため危険を感じ急ブレーキをかけた際転倒し、因て、原告に対し頭蓋骨々折、頭蓋内出血の傷害を負わせた。
(三) 原告は当時新潟工業高等学校機械科二年に在学中であつたが、右受傷の治療のため昭和四三年九月二二日から同年一〇月四日まで新田外科病院に入院し、同年同月五日から同月一九日まで新潟大学医学部附属病院に通院して、それぞれ治療を受けたばかりでなく、右受傷により多大の精神的苦痛を味わつた。原告はそれらの結果次のような損害を蒙つた。
(1) 治療費等 合計金六万〇、一九六円
(イ) 新田外科病院治療費 金二万八、二九四円
(ロ) 新潟大学医学部附属病院治療費 金一、八〇二円
(ハ) 附添看護料(久住サダに支払つた一日一、二〇〇円の割合による通算一三日間の分)
金一万五、六〇〇円
(ニ) 入院のための原告の運送費 金三、〇〇〇円
(ホ) 退院のための原告の運送費 金五、五〇〇円
(ヘ) 入院のための寝具等の運搬費 金六、〇〇〇円
(2) 精神的苦痛に対する慰藉料(一日一、〇〇〇円の割合による二八日間の分)
金二万八、〇〇〇円
(3) 弁護士費用(着手金二万円及び成功報酬二万円) 合計金四万円
(四) よつて、訴外佐藤五郎は原告に対し本件事故に基いて右合計金一二万八、一九六円の損害賠償の責任を負うに至つたので、原告は自動車損害賠償保障法(以下自賠法と略称)一六条一項に基き保険金額の限度内である右金員及び本訴状送達の日の翌日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求の原因に対する被告の答弁
(一) 請求原因第一項記載の事実は認める。
(二) 同第二項中、訴外石田喜一が原告主張の日時場所において本件自転車に原告を同乗させて進行中転倒して負傷させたこと及び訴外佐藤五郎が原告の父であることは認めるが、右石田喜一が本件自転車を借受けたことは否認する。原告の負傷の部位、程度、右石田の過失の態様は不知。
(三) 同第三項中、原告が当時高校二年に在学していたことは認めるが、その余は不知。
(四) 同第四項は争う。
三、被告の抗弁
(一) 原告は佐藤五郎の子として同人と同居する被扶養者であるが、昭和四三年二月原動機付自転車の運転免許を取得し常時自由に本件自転車を運転していたものである。
(二) 前記事故は原告と右石田が本件自転車を使用し他の友人らと連立つて野尻湖方面へ旅行に出かけた際惹起されたものであり、右旅行に際して原告は右石田と随時交代運転していた。
(三) これらの事実からすれば原告は本件自転車について父五郎と共に共同所有者の関係にあり運行支配を有しており、右自転車による運行利益もまた原告は右石田と共にこれを享受していたというべきである。
(四) 仮にそうでないとしても原告と五郎とは同一家族共同体の一員として本件自転車を使用したり有償無償で貸したりする権限を有していたものであつて、右自転車の運行については相互にその危険の引受関係にあるというべきである。
(五) してみれば、いずれにしても原告は本件自転車に対し運行支配と運行利益を有するものとして、その「保有者」に該当し自賠法三条の「他人」には該当しないものであるから、五郎は本件事故による損害を賠償すべき義務はなく、従つてまた被告は保険金支払の義務はない。
四、被告の抗弁に対する原告の認否
被告主張の事実中原告が五郎と同居する被扶養者であり、昭和四三年二月原動機付自転車の運転免許を取得したこと、及び前記事故は原告が石田喜一と連立つて野尻湖方面へ旅行した際惹起されたものであることは認めるが、その余はすべて否認する。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、訴外佐藤五郎がその所有にかかり自己のために運行の用に供する本件自転車につき同人と被告との間に原告主張のとおりの自賠責保険の契約が締結されたこと及び訴外石田喜一が原告主張の日時場所において本件自転車に原告を同乗させて進行中転倒して負傷させたことはいずれも当事者間に争いがない。
二、佐藤五郎が原告の父であり、原告は右五郎と同居する被扶養者であることは当事者間に争いがなく、証人佐藤五郎、同石田喜一の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば、五郎は昭和四〇年一月頃から燕市役所に勤務していたが、本件自転車は五郎が昭和三八年頃下田村で薪炭商を営んでいた当時外交用として購入して使用していたところ、前記燕市役所に勤務するようになつてからは通勤用として使用していたこと、原告は昭和四三年二月に原付免許を取得し運転の練習、家族の所用その他友人宅へ遊びに行くときなどには自由に本件自転車を使用しており、本件自転車による通学の許可願いを学校に提出したこともあつたが遠距離のため危険であることを理由にこれが許可が得られなかつたこと、平素五郎は右自転車の鍵を保管していたが、原告も自由にこれを持ち出して自ら右自転車を運転し、あるいは友人にこれを貸して使用させており、五郎はその間の事情を知つてこれに明示もしくは黙示の承諾を与えていたこと、本件事故当日原告は友人の石田喜一と相談の上野尻湖まで本件自転車でドライブすることとなり、石田が五郎にその行き先を告げ、五郎は原告が石田と同行することを承知の上右自転車のキーを石田に渡して本件自転車を貸したこと、そして原告と石田が本件自転車で野尻湖までドライブしての帰途本件事故が発生したことがそれぞれ認められる。
ところで、自賠法三条にいう「他人」の中に運行供用者と同居の被扶養者たる子が含まれるかどうかは一応問題のあるところである。しかし、右の子が運行供用者に含まれるか、あるいは「他人」に該当するかは必らずしも画一的、絶対的に定めらるべきものではなく、子の当該車両の使用、管理の状況、程度等を確定した上、自賠法一条に定める自賠責保険制度の趣旨に則つて実質的、相対的に判断すべきものと考える。
しかして前記認定事実からすれば本件自転車は五郎の所有に属するものであることは明らかであるけれども、原告は同居の父である五郎の右自転車を平素自由に使用しており、五郎もこれに承諾を与えていたこと、また、本件事故当日原告は本件自転車の運転をもつぱら石田にまかせていたとしても(前掲各証拠中、原告が本件自転車を運転していたとするものはなく、証人佐藤五郎の証言により真正に成立したと認められる甲第五号証にも「今回の旅行に際しては全行程加害者(註--石田喜一の意。)に運転させ被害者佐藤信行は一度も運転しなかつた。」旨の記載があるけれども、前掲証人佐藤五郎と同石田喜一の各証言間には本件自転車を使用するについて微妙なくいちがいがあり、また、本件事故当日原告は気分がすぐれなかつたといいながらかなりの距離のある野尻湖までドライブしていること、及び、前認定のごとき平素の本件自転車の使用状況等からすれば、野尻湖へのドライブの際、原告は、その時間、距離の程度はともかくとして、本件自転車を運転していたのではないかとの疑いがないでもない。)右ドライブによる利益は平素の使用の場合と同様に原告がこれ享受していたことからすれば、原告は父五郎とともに本件自転車の運行を支配し、その運行利益を享受していたのであるから共同の運行供用者と認めるのを相当とする。
従つて、原告は本件自転車を自己のために運行の用に供する者に該当するのであるから、結局、原告は本件事故当時自賠法三条にいう「他人」には該当しなかつたものといわなければならない。
三、してみれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 泉山禎治)